田中久重についてのnhk-bsの放送を母親と見ました。
生家跡・縁の神社である五穀神社がまず出てきて虫採りに興じてた幼少期を思い出しつつ。
こんな奇人が、かなりかなり昔にいた。それも久留米に、近所にということに改めて驚きました。
改めてこんな人生を送ってみたいなと思いました。
ものづくりを通じて人を喜ばせ、自分を喜ばせて…といった感じで。
今、まっっっったく時代が違って恐縮ですが、
甲冑を大学で作っています。
かなり口伝でやっていたりマニュアルはないので経験則でやっている感じです。
紙で作っていますが、先日の大東市の観光フェスでは色々な方を喜ばせること思い出づくりのお手伝いをすることができました。
人を喜ばせるために、喜んでいる姿を見たい、それが原動力になって久重はからくり人形の製作や興行、京都での商品製作、佐賀に移ってから、東京での晩年を過ごしていたのかなと思いました。
それと手を動かしてる時間に生きてる実感を得ていた人なのではないかと思ったりしました。
手先が器用で手を動かす時間が好きで、命が燃えていたのではないだろうかとも思いました。
……だからわたしはあの人にとてもシンパシーを感じてしまいます。
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投稿を表示からくり人形の精巧さ、弓を放つ動きが人間のように滑らか。万年時計は複数の表示盤と1,000もあるパーツが組み合わされて連動し、ぜんまいを巻くと1年間は動き驚がく。今の時代だったら、何を作ろうとしたのかと思ってしまいます。